2学期が間近にせまってきた8月30日。最後に派手に遊ぼうと西浦野球部の面々で花火をすることになった。場所は学校近くの河原、及び三橋の家。かつての誕生日会並に食べて飲んで騒いだ後、一行は河原に移動した。ちょうど日が落ち始めた頃合いで、夕日が川面に反射してキラキラと輝いている。




「おお、スッゲーきれー!!」




田島が両手を広げて叫んで一気に土手を駆け下りていく。それに続く三橋と水谷。相変わらずお気楽な連中に、花井がまたあいつらかとため息をつく。その様子は、幼い子供達に手を焼く母親みたいで、俺は思わず吹き出してしまった。




「何だよ」



「いや、別に?」




憮然とした顔で花井が振り向いたけれど、俺はすました顔で土手を下りていく。手に持ったバケツがカランと音をたてた。先に行ったお子様達はすでに花火を開封して火を付けようとしていた。夕陽は地平線を燃やし尽くして沈みかけている。一番星が瞬き始めた空の下で、パッと花火が散った。




一度始まると皆が調子に乗って次々と火をつけるもんだから、白い煙が辺りを侵食している。まるで白いドームのごとく。 それが風に煽られて俺の方に突進してきて、更に水谷がふざけて俺に花火を向けてきて(後で覚えてろクソレ)、俺の視界は白でいっぱいになった。








くらくら、くらくら、
白が喉に入り込んでくる。肺が犯される。
くらくら、くらくら、
血管から酸素が消える感触を、俺は知っている。これを、俺は知っている。











「……っ、んぅっ!!」


「……何だよ」


「苦しいんですよ、元希さん!俺を殺す気ですか!!」


「俺は別に苦しくねぇぞ?」


「アンタは慣れてるから別に良いんだよ」


「顔真っ赤」


「うっせぇ」


「わかった。要は慣れれば良いんだろ?」


「そういう問題じゃねぇよ」


「べろちゅーくらいすぐに慣れる」


「だから違うって……んぅっ」








その息苦しさは嫌いだった。窒息死させる気かとあの人の後頭部を殴って口論になるのはよくあることだし、何より怖かったのだ。まるで世界に元希さんしかいないみたいで、まるで肺から酸素の一滴すら無くなるまであの人に溺れているみたいで。 けれども、その絡まる舌の熱さが、歯茎をなぞる舌先が、溢れて喉を伝う唾液が、(悔しいことに)とても気持ちいいので、近付いてくるあの人の顔を拒まない程には、俺は元希さんに甘かった。








「阿部ぇ?」




そう言ってクソレ(じゃなかった水谷)が顔を覗き込んできて、俺は我に帰った。いつのまにか白い煙は風に霧散して消えていた。




「どしたの?何かぼーっとしてたけど」


「別に。それより水谷、お前さっき俺に花火向けただろ」


「そ、そうだけど、………ぎゃああ阿部ギブ!ギブ!!」




生意気な水谷にヘッドロックをかけている途中で、俺はズボンのポケットに入れておいた携帯のバイブが振動するのを感じた。西浦メンバーは全員ここにいるし、この遅い時間にメールしてくる奴なんて自ずと限られてくる。





『今すぐ来い』





開いた文面は相変わらず命令口調で、ため息をついた俺はまた自分がゆっくりと息苦しくなっていくのを感じた。 目を閉じる。彼の感覚が体に蘇ってくる。彼はここにはいないのに、脳の奥底が彼を呼んだ。求めた。自分は彼に会えることに期待などしてしまっているのかと、少々ぼんやりした頭で考える。ああ、たまにはこちらからキスでも仕掛けてみようか。しばらく会えなかったし、俺はその行為に決して良い顔はしなかったから、きっと物凄く驚いた彼の間抜け面が見れるだろう。くらくら、くらくら。花火は一段落ついて、白煙は既に風になぎ払われている。新鮮な酸素が肺を満たしているのに、依然として息苦しいままだった。 元希さんは海だ。白く白く広大な海だから、掴める物もなくやがてそこでしか息が出来なくなる。抗おうと手足を動かすのを止めれば、世界はこんなにも広い。だから目を閉じて、ゆっくりとゆっくりと、彼に沈んでいった。























白濁に溺れる

















部活の合宿で花火をやったら煙で辺りが真っ白になって酸欠で倒れそうになった実体験より。



07/11/16    一菜